疑いについて聖書は何と言っていますか?
疑いに関する重要な聖句と霊的な指導
聖書は『疑い』について、多くの場所で取り上げています。疑いは私たちの信仰を揺るがし、時には悩みや不安を引き起こすことがあります。しかし、聖書は私たちに神への信頼を持ち続けるように勧め、疑いを乗り越える力を与えてくれます。神は私たちが疑いに囚われることなく、確信を持って信仰を歩むよう導いてくださるお方です。
疑いに関する聖書の節
ヤコブの手紙 1:6JBY
“但し疑ふことなく、信仰をもて求むべし。疑ふ者は、風に動かされて翻へる海の波のごときなり。”
マタイによる福音書 21:21JBY
“イエス答へて言ひ給ふ『まことに汝らに告ぐ、もし汝ら信仰ありて疑はずば、啻に此の無花果の樹にありし如きことを爲し得るのみならず、此の山に「移りて海に入れ」と言ふとも亦 成るべし。”
マルコによる福音書 11:23JBY
“まことに汝らに告ぐ、人もし此の山に「移りて海に入れ」と言ふとも、其の言ふところ必ず成るべしと信じて、心に疑はずば、その如く成るべし。”
テモテへの手紙一 2:8JBY
“これ故にわれ望む、男は怒らず爭はず、何れの處にても潔き手をあげて祈らんことを。”
ローマ人への手紙 14:23JBY
“疑ひつつ食ふ者は罪せらる。これ信仰によらぬ故なり、凡て信仰によらぬ事は罪なり。”
ユダ書 1:22JBY
“また彼らの中なる疑ふ者をあはれみ、”
ヘブライ人への手紙 11:1JBY
“それ信仰は望むところを確信し、見ぬ物を眞實とするなり。”