ヨハネ福音書 16:18

“復いふ『この暫くとは如何なることぞ、我等その言ひ給ふところを知らず』”
— ヨハネ福音書 16:18 (Japanese Bungo yaku / Taisho kaiyaku)

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文脈: ヨハネ福音書 16

16暫くせば汝ら我を見ず、また暫くして我を見るべし』

17ここに弟子たちのうち或 者たがひに言ふ『「暫くせば我を見ず、また暫くして我を見るべし」と言ひ、かつ「父に往くによりて」と言ひ給へるは、如何なることぞ』

18復いふ『この暫くとは如何なることぞ、我等その言ひ給ふところを知らず』

19イエスその問はんと思へるを知りて言ひ給ふ『なんぢら「暫くせば我を見ず、また暫くして我を見るべし」と我が言ひしを尋ねあふか。

20誠にまことに汝らに告ぐ、なんぢらは泣き悲しみ、世は喜ばん。汝ら憂ふべし、然れどその憂は喜悦とならん。

ヨハネ福音書 16 について: イエスは自分の裏切りと死を予言します

ヨハネ福音書 16: イエスは自分の裏切りと死を予言します

イエスは聖霊について教え、迫害が来ることを教えます。

解説

ヨハネ16章は、聖霊の力と信者にもたらす慰めについて語る章です。イエスは弟子たちを自身の離別と聖霊の到来に備えています。イエスは、聖霊が世を罪と義とさばきとにさとしますと弟子たちに告げます。イエスはまた、聖霊が彼らをすべての真理に導き、自分が言ったことを思い起こさせるであろうとも伝えます。

イエスはまた、弟子たちが直面する迫害について述べます。自分の名のために彼らが憎まれ、迫害されるであろうと告げます。イエスは彼らに、信仰を堅く持ち、勇気づけるよう励まし、彼自身が世を勝ち取ったと励まします。

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